お盆の知識(5)お寺さんの盆行事

2014年8月7日|[お盆の知識1〜5, 新着ニュース]

◎施餓鬼会(せがきえ)

 

『施餓鬼』とは、餓鬼の衆生(しゅうじょう=餓鬼道に堕ちて苦しむ亡者や、弔う人のない亡者)のために飲食を施す法会のことで、『施食会(せじきえ)』『冥陽会(めいようえ)』ともいいます。
お釈迦様の十大弟子の一人、阿難尊者のもとに焔口餓鬼があらわれて「三日後のお前の命は終わり餓鬼となって生まれ変わるであろう」と告げます。お釈迦様は「陀羅尼(だらに)を唱え、餓鬼に飲食を施せば、命の増長ができるであろう」と教えられました。
『施餓鬼会』は盂蘭盆会(うらぼんえ)の時期を中心に営まれ、宗派によっても違いますが、一般的には施餓鬼棚を作り、その上に『三界万霊碑』や新盆の位牌を安置し、食べ物や水などを供えます。法会では各家の先祖供養のためにお塔婆を立てるとともに、無縁仏や、戦争、公害、交通事故などで不幸な死にあった霊の成仏を祈ります。また、水死、溺死者のためには『川施餓鬼』が行われています。
施餓鬼会は五如来によって導かれ、その名号を唱えることによって、餓鬼の苦しみから救われるとされています。五色または五如来の『施餓鬼旗』を四方に立てて法要を営みます。

 

|五如来とは|

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○多宝如来(たほうにょらい)>南方・宝生如来
食に飢えた人々を救ってくださいます。

○妙色身如来(みょうしきしんにょらい)>東方・阿閦如来
供養の心によって、美しい身体と健康に恵まれます。

○甘露王如来(かんろおうにょらい)>西方・阿弥陀如来
甘露の美しい水は煩悩の火を消し、身も心も潤います。

○広博身如来(こうはくしんにょらい)>中央・大日如来
餓鬼の狭くなった喉を広げ食の美味を得るられます。

○離怖畏如来(りふいにょらい)>北方・釈迦如来
慈悲をもって苦痛と恐怖を取り除いてくれます。

施餓鬼法要は亡き人々への供養とともに、生きていて仏様へご供養できる私たちに、より深い慈悲の心が育つように祈る儀式でもあります。

 

◎六道参り

 

8月8日からの三日間(元来は旧暦7月9日、10日)、京都東山の六道珍皇寺にお参りすることを『六道参り』といいます。盂蘭盆会の精霊迎えの参詣で京都のお盆行事はこの『六道参り』からはじまります。
六道珍皇寺は古くから名高い鳥辺山墓地にあり、このあたりが『六道の辻』といわれて冥途への別れ道と考えられていました。お盆に冥途から帰ってくる祖先の霊は必ずここを通るとされ、精霊向江のためにお参りするのです。
参詣者が鐘を叩いて精霊を迎える『迎え鐘』といわれる習わしもあります。
この時期を目安に、お墓の掃除や仏壇・仏具などをきれいに整えておきましょう。お墓参り(お寺参り)を済ませておくのも大切です。

 

お盆の知識(4)お盆の豆知識

2014年8月4日|[お盆の知識1〜5, 新着ニュース]

◎浄土真宗ではお盆の考え方が違う2

浄土真宗の教えでは、亡くなった人は皆、阿弥陀如来の功徳によって、極楽浄土に生まれかわっているとされています。
このため、お盆も先祖の霊がこの世を懐かしがって、あの世から帰ってくるとか、この世の人の善行や施物を死者に回向し、供養しなければ死者は往生できないという考え方をしません。
したがって、家庭では他宗のように先祖を迎えるための精霊棚はつくりません。ただし、僧侶を呼んで棚経をあげてもらうことはあります。これは、先祖に対する感謝の法要という意味になります。
もちろん、地方やご家庭によって他宗と同じようにお供えすることもあります。

 

 

◎盆踊りの起源は空也上人だった!?8

徳島の『阿波踊り』、秋田の『西馬音内盆踊り』、岐阜の『郡上踊り』など、全国的に知られる祭りから、町内会の夏祭りまで、盆踊りはお盆の行事で最も広く親しまれているものといえます。
元来、死者の霊を迎えて慰めるための踊りで、その起源は、平安時代中期に庶民に浄土教を広めた空也上人がはじめた『踊念仏(踊躍念仏=ゆうやくねんぶつ)』にさかのぼるとといわれます。その後、鎌倉時代に一遍上人の念仏踊りに引き継がれ、時宗とともに全国に広まったとされています。
室町時代に入ると、鉦や太鼓をたたきながら念仏を唱えて踊るようになり、時代とともにさまざまな趣向が取り入れられて風流な色彩を強めていきます。江戸時代には、民謡なども加わって娯楽的な行事として根をおろしてきました。

 

●次回へつづく→お盆の知識(5)お寺さんの盆行事

お盆の知識(3)送り盆

2014年7月16日|[お盆の知識1〜5, 新着ニュース]

送り火や精霊流しでご先祖の霊を送る

 

|送り火と白い提灯|1

お盆の明けには、お盆の間我が家にお迎えした先祖の霊を再びあの世へ送り出すための行事が行われます。
各家庭では、お盆最終日の夕方に門口で『送り火』をたきます。これは、あの世へ送る道しるべの意味があります。先祖の霊が無事にあの世へ戻れるようにと六地蔵に送りだんごを供える習わしもあります。
亡くなってはじめてのお盆『新盆』では、盛大に供養を行いますが、盆提灯にも特別に白い提灯を用いる習わしがあります。白い提灯は新盆にしか用いないので、使用後は送り火で燃やしたり菩薩寺に納めたりします。

 

|精霊流し|

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先祖の霊を川や海に送り流す行事で、地方によっては送りだんごやお供え物を真菰(まこも)のゴザにくるんだり、小さな船に乗せて川や海に流す『精霊流し』や華やかな灯籠をつくって流す『灯籠流し』『魂送り』が行われることもあります。
最近では、川や海に流すことが禁じられているところが多いので、仏壇や精霊棚のお飾りやお供え物は、まとめて菩提寺に納めたり、送り火の時に燃やすのが一般的です。

 

【お願い】お盆のお供え物、お飾り等については、できるだけ各家庭にて燃えるものは燃やしていただき、燃えないものは庭の植木の根本に埋めてください。お庭のないご家庭では、燃えるもの燃えないものに分別し、塩で清めてから指定の日にお出しください。

 

●次回へつづく→お盆の知識(4)お盆の豆知識

お盆の知識(2)迎え盆

2014年7月8日|[お盆の知識1〜5, 新着ニュース]

精霊棚・提灯などの準備をし、
迎え火をたいて先祖の霊を迎える

 

|お盆の準備|10

まずはじめに、ご家庭の仏壇・仏具を清め、お盆の入りまでに精霊棚を設けます。
精霊棚は、『盆棚』『霊棚』『魂祭棚』などとも呼ばれ、仏壇とは別にお盆の間、先祖の霊をお迎えするために準備するものです。
迎え盆には、墓参りに行き、墓を掃除して、迎えだんごや果物、花などをお供えします。
迎え火をたいて提灯を灯すという習わしは、年に一度先祖の霊11を迎えるにあたって、霊が帰ってくる時に道に迷わないようにとの思いが込められたものです。
昔は墓で灯した火を提灯に移して、家まで持ち帰ったりしましたが、現在は、家の門口などで、素焼きのほうろくや陶器の皿などの上に折ったオガラ(麻幹)を井げたに積み、火をつけて燃やし合掌して迎え火とすることが多くなりました。

 

|提灯と棚経|7

お盆には先祖の霊が帰ってくる我が家を知らせる目印として提灯を灯します。一般には家紋入りの『提灯』(地域によっては戒名入り)が用いられ、お盆期間中、精霊棚の左右に飾ります。『提灯』の代わりに『行灯』を用いることもあります。
お盆の期間中は、朝昼晩の日に三度、仏壇あるいは精霊棚に食事をお供えします。これを『霊供膳』といいます。
本来は精進料理ですが、地方や家庭によっては、献立が細かく決まっている場合もあります。6
また、お盆では僧侶を招いてお経をあげてもらうのが習わしです。霊前棚の前で読経することから、これを『棚経』といいます。
『棚経』は普通、数分から10分程度の短いものです。読経の間は、できるだけ家族全員が揃って僧侶の後ろに座るようにしてください。精霊棚をお飾りしないご家庭では、仏壇をきれいにしてお供え物やお飾りをして僧侶をお迎えしましょう。
※地方によっては、新盆の家だけお盆前に棚経を行うところもあります。

 

|新盆の供養|

新盆の家では、通常のお盆より丁重に供養するため、特別な法要を催すのが普通です。
一般には僧侶を自宅に招いて棚経をあげてもらい、親族や友人などにも精進料理でおもてなしをします。霊供膳には故人の好物を供えます。
ただし、僧侶がおもてなしを辞退したら無理にすすめず、『御布施』と『御車代』に添えて『御膳料』を包みます。また、僧侶を自宅に招かない場合は、家族で墓参りに行き、『御布施』を届けて供養を頼むこともあります。
家では仏壇に灯明を絶やさないように気を配りましょう。

 

●次回へつづく→お盆の知識(3)送り盆

お盆の知識(1)お盆ものがたり

2014年6月20日|[お盆の知識1〜5, 新着ニュース]

夏の仏教行事『お盆』

|お  盆|7月13日~16(15)日
|月遅れ盆|8月13日~16(15)日

12 『お盆』はさまざまな仏教の年中行事のなかでも最も広く親しまれ、日本人の生活に根付いている行事のひとつです。正式には『盂蘭盆会(うらぼんえ)』といいます。

『盂蘭盆(うらぼん)』とはインドの古い言葉であるサンスクリット語(梵語)で逆さ吊りの苦痛を意味するullambanaに漢字を当てたものです。もともと『盂蘭盆経(うらぼんきょう)』といい、お経に出てくる仏教に由来するものです。

 

 

(1)お盆ものがたり

仏説『盂蘭盆経』によりますと、お釈迦様の十人の弟子のひとりである木連様は神通力(超能力)をもっておられました。木連尊者が神通力により亡き母の姿を見せたところ、飢餓道に落ちて逆さ吊りの苦しみ(やせ衰え目をくぼませ、水や食べ物を探して歩く)を受けました。
驚いた木連は神通力をつかって、母に水や食べ物を届けるのですが、母が手に取ろうとすると、水も食べ物も火となって燃えてしまします。何度行っても同じなので、木連はお釈迦様に教えを請いました。
悲しむ木連にお釈迦様は、「お前の母は、お前たちには優しい母であったが、我が子可愛さのあまりほかの子どもたちには冷たい心で接していた・・・その我がままな心を改めるため、地獄にいるのだ。7月15日(旧暦では8月15日)に多くの弟子(僧侶)が修行期間が終わって帰ってくるので、その時多くの僧の方々に『百味の飲食』の供養をすれば、お前の母は飢餓道から救われるであろう」と説かれました。
木連尊者が教えのように供養されたことが、『盂蘭盆会』の始まりであるといわれております。

 

この話から、祖先の霊を我が家に迎えて供養し、その功徳によって苦しみの世界から救い出し、浄土に送りかえす『盂蘭盆会』の行事が生まれました。
日本では、『先祖の霊が帰る』という古くからの民間信仰と、仏教の盂蘭盆会とが融合して、現在のお盆のかたちになったと考えられています。
古くは7月15日を中心に行われていましたが、先祖に長く逗留してほしいという気持ちから期日が延び、7月13日から16日(地方によっては15日)までとするのが一般的になりました。
明治時代に新暦(太陽暦)が採用され、7月が農繁期に当たるようになってからは、一ヶ月遅らせてお盆の行事を行う「月遅れ盆」が多くなっています。現在も旧暦の7月13日から16日に行う地方もあります。
いずれにしても、最初の日を『迎え盆(お盆の入り)』、最後の日を『送りお盆(お盆の明け)』として行っています。

 

※地域によってふるくからの習慣が大きく係っていることがございます。

●次回へつづく→お盆の知識(2)迎え盆

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